世界中が夢中になる
水玉の女王、草間彌生

水玉や網目、カボチャなどをテーマに作品をつくり続け、日本を代表する前衛美術家、草間彌生。トレードマークの赤いおかっぱと自身がデザインした衣装をまとった姿で、ご本人もアイコニックな存在です。現在も、驚くべき創作意欲と情熱で新しい作品を次々と発表し、近年では、ルイ・ヴィトンとのコラボレーションも大きな話題に。そんな彼女とEDiTの初コラボレーション(2015年版)は、テレビ番組『マツコの知らない世界』でも取りあげられ、反響を呼びました。アートを日常に取り入れることができる喜び......2016年版のEDiTでも、引き続き草間ファンを虜にしています。まさに"全身全霊"、精力的に作品に取り組み続ける情熱の人、草間さんのヒストリーを振り返ります。

激しいアーティスト人生のはじまり

信州、長野県松本市に誕生した草間さん。2002年に開館した松本市美術館では、作品が常設展示されています。その松本で、母との確執や太平洋戦争による抑圧から、一人で絵を描くことに夢中だった幼少時代。幻覚や幻聴に襲われ、周囲がすべて水玉で覆われているように見えるようになったのもこの頃からだったと言います。つまり、草間さんの芸術表現の根底にある「反復と増殖」という概念が、すでに幼少時からあったのです。そして、20歳で京都市立美術工芸学校(現・京都市立銅駝美術工芸高等学校)を卒業し、水玉や網目などのモチーフを無限に増殖させる「オブセッショナル・アート(強迫的芸術)」を描き続けました。やがて1957年、まだ日本女性の渡米が珍しかった時代、数々の困難を乗り越えて28歳で単身アメリカへと渡ったのです。

ニューヨーク、アンダーグラウンドの女王

シアトルに降り立った翌年、活動の拠点をニューヨークへと移し、1959年にはニューヨークでの初の個展で「無限の網」を発表。黒を背景に無数の白い網目を反復していく作品は、当時のニューヨークの人々に驚きを持って迎えられました。さらに1961年ごろには、「ソフト・スカルプチャー」と呼ばれる立体作品を展開。それは、家具で男性器を覆うセンセーショナルなものでした。
やがて、ベトナム戦争が深刻化する1960年代後半には、反戦や平和、愛を主張するアートパフォーマンス、「ハプニング」をニューヨーク各地でおこなっています。また、ファッションショーを開いてドレスやテキスタイルを発表し、そこでさらにボディペインティグを行ったり、あるいは映画や演劇を制作するなど、独創的な作品やパフォーマンスを発表し続け、ニューヨークのアンダーグラウンドカルチャーの女王に躍り出ました。
そしてアメリカ時代の草間さんは、ジョージア・オキーフやアンディー・ウォーホル、ディヴッド・スミスなど、20 世紀のアメリカを代表する同時代のアーティストたちとも交流し、互いに刺激を与え合う存在でもありました。

帰国後、小説や詩集でも開花する稀有な才能

体調を崩し、16年に及ぶニューヨークの暮らしを終えて1973年に帰国した草間さんは、コラージュや版画などを中心に制作する一方、小説や詩集の執筆もはじめ、1978年には自伝的小説『マンハッタン自殺未遂常習犯』の出版を皮切りに、次々と文学作品を発表していきました。そして1983年、ニューヨークに生きるゲイの性愛と青春の痛みを描いた『クリストファー男娼窟』で、第10回野生時代新人文学賞を受賞しています。

世界を席巻し続ける草間ワールド

1987年、それまでの40年間の集大成とも言える初の回顧展が北九州市立美術館にて開催。以降、イギリスのオックスフォード近代美術館、パリのポンピドゥー・センター、ニューヨークの国際現代美術センターなどで開催された展覧会などにより、前衛芸術家・草間彌生は国内外で再評価されることとなりました。
その後、1993年のヴェネチア・ビエンナーレで日本代表として個展を開催、翌94年には直島にオープンしたベネッセアートサイト直島で初の野外彫刻「カボチャ」を発表するなど、草間氏自身とそのアート作品の知名度・評価は、一般的にも広がっていったのです。
それ以降も、毎年のように常に世界各地で個展が開かれ、ニューヨーク、ロンドン、ローマ、チリ、台湾……現在では各都市で長蛇の列をつくる大フィーバーとなり、美術専門誌『THE ART NEWSPAPER』で「2014年 最も人気なアーティスト」とも評されています。

故郷、松本で出会ったカボチャ

“草間彌生”と言えば、やはり「水玉」「網目」「カボチャ」がシンボルとして、広く知られていると思います。一枚のカンバスや2メートル以上ある野外彫刻、あるいは合わせ鏡を用いて無限に広がるように見せるインスタレーション……平面から立体、空間まで変幻自在、インパクトのあるカボチャの作品。「なぜカボチャなのか?」というクエスチョンは、誰もが思うところ。その答えは、草間さんの自伝、『無限の網 -草間彌生自伝-』の中にありました。それは故郷、松本でのこと。小学生だった草間さんは、種苗業および採種場を営んでいた実家の採種場でカボチャと出会います。『何とも愛嬌のある形をしたカボチャに私は魅せられた。私がカボチャに造形的興味を受けたのは、その太っ腹の飾らぬ容貌なのだ。そして、たくましい精神的力強さだった。』カボチャは、水玉同様、幼い頃から草間さんの中に生きているモチーフなのです。また、日本画を学んでいた京都での学生時代の様子をこんな風にも語っています。『赤い毛氈の上に、鳥の子麻紙をしいて、筆を横に置き、まず座禅を組んで瞑想をする。やがて朝の太陽が京都東山に昇ってくる。そこで私はカボチャの精と向かい合うのだ。一切他のことを忘却し、一個のカボチャに心を集中していく。達磨が面壁十年のごとく、一つのカボチャに一ヵ月をかけた。寝る間も惜しんで。』そして、『命をもって私に語りかけてくる』というカボチャは、常に命の炎をほとばしらせて創作を続ける草間彌生の芸術家人生と共にあり、現在も重要な作品テーマのひとつであり続けています。

参考文献 :『無限の網 -草間彌生自伝- 』 草間彌生・著 / 新潮社
写真提供 : 株式会社 草間エンタープライズ

それぞれタッチが異なる作品
3つのEDiT 1日1ページ手帳カバー

2015年版に続き「PUMPKIN」「HEART」「YAYOI」と、草間さんの各ピリオドの象徴的な作品がデザインされたEDiT 1日1ページ手帳の3つのカバー。まず、草間さんの代表的なモチーフとして人気の「PUMPKIN」。そして2004年から3年をかけ、白いキャンバスに黒い線画で描かれた50点のシリーズ、『Love Foever』のころのデザインが元となった「HEART」。この『Love Foever』は、これまでの作品とは違った印象で、新しい草間作品の魅力を伝えています。そして「YAYOI」は、1967年にワシントン・スクエアでおこなわれたハプニング、「ボディ・フェスティバル」のフライヤーを再現したもの。このころから草間さんは、「美術」の概念を飛び越えて、縦横無尽にさまざまな活動による自己表現をおこなう芸術家としての可能性の幅を広げていきます。そして数多くの作品に一貫して流れ続けるメッセージは、「無限」「永遠」「愛」「生」「死」「宇宙」……目にした人、手にした人に何かを訴えかける強い力を持っています。それは、草間さんの魂の叫びなのかもしれません。
今回の手帳では、カバー以外の部分も、見返しにはドット柄、2本のスピンにも草間作品にもよく用いられているオレンジとレッドを採用した特別仕様。アートを通して生きるエネルギーに満ちた草間さんのパワーがおすそ分けされそうな1冊です。

もっと草間ワールドに浸りたい!
ステーショナリーコレクション

マスキングテープ、ボールペン、ビックステッカー、マグネットブックマークなど、EDiTと一緒に使い、草間ワールドにどっぷりと浸ることができるステーショナリーのコレクションが発売されています。アートを身近に感じながら、毎日をワクワクして過ごすことができそうです。

これからの草間彌生

2014年、グッゲンハイム美術館での個展に合わせ、再び訪れたニューヨークからの帰国後、「私はまだまだ描き続けて世界に出ていくから、みんなよろしくね!」と声高にスタッフに宣言したという草間さん。「100年でも200年でも生きて描き続けたい」と己の魂をゆさぶり続け、“今”を生きる草間さんの作品とその世界観は知れば知るほどに奥が深く、だからこそ世界の人々の心をとらえているのでしょう。現在もデンマーク、ルイジアナ近代美術館にて「YAYOI KUSAMA IN INFINITY(2016年1月24日まで)」、そして故郷、松本市美術館(常設展示室ABC)で特集展示「草間彌生 魂のおきどころ(2016年6月26日まで)」がおこなわれています。

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